ロレックス、耐久性の高い高級時計~ロレックスの凄さが分かる

このサイトに来る時計好きの方、愛好家、専門家など色々な方々でロレックスを嫌いな人は殆ど居ないでしょう。僕が初めてロレックスを知ったのは、1970年代の小学生の時です。
当時親父のネイチャー系雑誌の裏表紙にロレックスの広告に小学生の僕は目を惹かれます。氷壁をアイゼンとピッケルで氷を砕き登るアルピニスト、
子供心にカッコイイイメージの時計と感じ、「将来はこの時計が欲しい」と心に誓ったのを覚えています。
表紙は登山家のメスナーでした。1970年代から90年代を代表する、イタリア人登山家で、チョモランマ(エベレスト)はじめ、多くの山を無酸素登頂で制覇して、名を馳せた方で、ご存知の方も多い筈です。そんな彼はロレックスの広告で主に、エクスプローラⅡの広告で使われてきました。現在と違い、冒険や登山、極地探検が花盛りの1970年代はロレックスは積極的に、登山などをバックアップをして、パブリシティとして使っていました。この1970年代はスイス時計産業の岐路となった年代です。
日本を始めとした、クオーツ時計業界の拡大がスイス業界のマーケットを奪い、スイス国内時計産業に大きなダメージを与えてきました。当時のクオーツ時計の隆盛は時計産業が主力だったスイス国内も雇用にも影響がありました。国内時計産業の従事者が1970年代は約9万人、しかし1984年にはおおよそ3分の1の約3万人に激減します。しかしスイス時計産業はこの時期、時計産業のグループ化を集中させて、世界レベルでマーケットを結束させます。

①スウォッチ、②リシュモン(カルティエ)③LVMH(タグホイヤー)などとグループ化により販売網を充実させて競争力をつけました。また機械式時計の資源資本を集中させ、職人の雇用育成、部品会社の買収で、安定した製造や部品提供を可能にして、流通を再構築、2010年代へのV字回復へ導くのです。

特にスウォッチグループは2011年にも全世界で2800人の新たな雇用を創出、同年には高級時計ケース製造の「シモン・エ・メンブレ」の資本を60%買取、スウォッチグループ内の部品提供の安定化に努めています。