人が着けてないイケてるクロノグラフを探す!Part ❻ ジラール・ペルゴ フェラーリ F1-2000

フェラーリF1-2000は、スクーデリア・フェラーリが2000年のF1世界選手権参戦用に開発したフォーミュラ1カーで、ロス・ブラウンとロリー・バーンが設計した。2000年の開幕戦から、最終戦まで実戦投入された。フェラーリとしてのコードナンバーは651。至高のライバル対決

フェラーリ在籍5年目となるミハエル・シューマッハは開幕3連勝という好スタートを切り、第8戦カナダGP終了時点で22点のポイントリードを築いた。一方、3年連続チャンピオンを目指すミカ・ハッキネン(マクラーレン)は前半戦精彩を欠き、むしろチームメイトのデビッド・クルサードの方が好調さが目立った。

シューマッハが第9戦フランスGPから3連続リタイア(うち2戦はスタート直後の接触)と足踏みしてる間にハッキネンが盛り返し、第12戦ハンガリーGPの優勝で今季初めてポイントリーダーに立つ。続くベルギーGPでは、ハッキネンが周回遅れもろともシューマッハをオーバーテイクする圧巻のパフォーマンスをみせ、流れを完全に握ったかと思われた。

しかし、2連勝で反撃したシューマッハがチャンピオンに王手をかけ、第16戦日本GPを迎える。両雄は予選から火花を散らし、決勝では雨を味方につけたシューマッハが優勝し、自身3度目のドライバーズチャンピオンを決めた。フェラーリ在籍ドライバーの王者は1979年のジョディ・シェクター以来21年ぶり。フェラーリはコンストラクターズタイトルも制し、同じく1979年以来のダブルタイトル獲得となった。

F3時代からライバル関係にあるシューマッハとハッキネンは、激しくプレッシャーを掛け合いながらも、互いを認め合うフェアな対決を演じた。第14戦イタリアGP後の記者会見では感極まったシューマッハが泣き出し、隣に座っていたハッキネンが肩を叩いて慰めるというシーンがあった。以前に、パネライ・フェラーリのFER00001を所有していた事がある。
手放したのは、やはり重かったのが一番の原因だった。
ケースの形状が好きで、タイヤの様なリューズも気に入っていたけれど
44mmでレザーストラップでも重く感じていたので
なかなか着けなかったのだ。それと共に、もう一つ懸念される点があった。
やはり、フェラーリのネームバリューが大きすぎる事だった。
フェラーリに乗っていて(もちろん、夢の話し)、フェラーリを着けるのも些か寒いし
かと言って、外車に乗れる様な生活ではないのに
フェラーリの時計を着けるのが、何とも烏滸がましかった。それは、ダイアルに大きく配されたフェラーリのロゴと跳ね馬に
原因がある事は否めない。話しは大きく変わるが、現在のフェラーリの時計はHUBLOTが作っている事は周知の事だろう。
では、パネライの以前は?

ジラール・ペルゴが、長きに渡り数々のモデルを送り出していた。
そもそも、ジラール・ペルゴとフェラーリの社長同士が友達らしい。
それでいいのか?コラボレートって?ジラール・ペルゴ フェラーリの時計で一番目にするのは
上の画像にもあるフェラーリのトレードカラーのイエローとレッドを纏ったクロノグラフであろうただ、このモデル達は2003年モデルであり
既に、これ以前よりコラボレートの時計は発売されている。今回、僕が着目しているのが
2000年のF-1 シューマッハがドライバーの時に
フェラーリが21年振りに優勝を飾った記念に発売されたモデルである。2000年に発売されたモデルは、2000本のリミテッドだった。
ただ、やはり売れ残っていた様で検索すると安売りの爪痕が残っているのが確認出来るしかし、このコラボレートモデルは
まだジラール・ペルゴのロゴが由緒正しい場所にあり
フェラーリのロゴや跳ね馬はダイアルには存在せず
"F-1 2000"のロゴのみであった。