【話しネタ】ロレックスの原点を知るとヤバイ。ROLEX黒歴史(?)を学ぶ!(ロレックス 1950年代)

ロレックスは腕時計の歴史とともに歩んできたブランドの最右翼・・・。

まだ未開拓の分野だった腕時計に注目したハンス・ウィルスドルフ(ロレックス創設者)の経営手腕は抜群だった・・・と言われているが、

これは、逆に言えば、1905年に誕生した新参のロレックスは、腕時計とともに歩むしかなかったのだ。

というのも、当時すでに100年以上の歴史を誇る名門ブランドがひしめいており、イギリスに誕生した新興ブランドのひとつに過ぎなかったロレックスが対抗する手段は、まったく無いに等しい状況だった。

そこで創業者のハンス・ウィルスドルフが目をつけざるをえなかったのが腕時計だった。しかし、懐中時計が腕時計にコンバートしつつある状況の中で、腕時計は湿気やホコリと闘う宿命を負った。

ロレックスはそこに注目し、金属の塊をくりぬいたケースに、ねじ込み式の裏ブタを組み合わせた。

このオイスターケースによって腕時計に大革命が起こる。その象徴的なことが、1926年にグライツ嬢が腕にしたオイスターとともに英仏海峡を横断したこと。

腕時計≒実用品

として認識され名声を得た。そして1930年頃には、スイスの腕時計生産数は、ついに懐中時計のそれを上回る。

同時に手巻きムーブメントは、1940年代でほぼ技術的な到達点に行きついたと言っていい。

それを1950年代、一気に自動巻きの時代へと導いたのは、ロレックススポーツモデルの新製品開発ラッシュだった。100メートル防水仕様のサブマリーナで海を・・・

“冒険者”の名を冠したエクスプローラーⅠで山を・・・

航空時計GMTマスターで空をも・・・

制覇。

同時に実用性も証明させる手の込みよう・・・

先の英仏海峡の横断成功。

エベレスト登頂に同行。

深海潜水艇では特殊仕様のサブマリーナが活躍。エベレスト無酸素登頂を成し遂げたメスナーは、のちにこんなことを述べている。

『無酸素登頂に際し、人工的な用具は、ピッケル・ロープ・ロレックスだけだった。』

故ハンス・ウィルスドルフ、歓喜・・・したはず・・・。その後、ロレックスが時計界の王様になったのは周知の事実である。
黒歴史と書いたが、最初は名門ブランドがひしめく中で打開策がなく未来が黒であったが、
しかしその中でも光はあったのだ。
闇がなければ光の輝きは感じられない。

知れば知るほどロレックスの歴史は奥が深い。
もっと掘り下げてみるのもいいだろう。